曲がらない肘
知人の紹介で来られたのは、30歳後半の男性でした。
彼は十数年前、スノーボードで転倒し左肩を脱臼し、その治療後以来左のヒジが曲がらなくなり、右手は右肩を触ることができるのに、左手で左肩に触れることもできなくなったそうです。この状態、日常生活でもけっこう不便らしく、服のボタンがとめにくかったり、ネクタイを締めにくかったりしていたそうです。
以前、同じような状態の女性の方にも会ったことがありますが、その方もやはりボタンがとめにくいことや、ブラジャーのホックがとめにくいこと、ネックレスを首の後ろでとめられないこと、またお風呂で髪を洗う時に、ほぼ片手で洗わなければならないのでたいへんだということを聞いたことがあります。
彼もそんな状態が十数年続いていたそうです。
有名な医師にも治療をしていただいたり、またプロのアスリートが通うリハビリセンターに7年間通ったりしたそうですが、あまり変化はなかったようです。
医師もリハビリの理学療法士も、共通してしようとしていたことは、
曲がらない肘を曲げようとしていたことです。
実際にリハビリはかなりきつかったそうです。曲げれば痛いのに、それを無理やり力まかせに曲げようとするのですから。
そんなことをしても曲がるようになればいいのですが、結局は痛いだけで曲がらなかったそうです。
後遺症とは?
「後遺症(こういしょう)とは、病気・怪我など急性期症状が治癒した後も、機能障害などの症状や傷痕が残ること。」(ウィキペディア)
たとえば左の肩を脱臼すると、整復後、しばらくの期間固定して動かさないようにします。関節の周りの組織が回復するのを待つためです。その時、左の肩はもちろんのこと、左の肘もできるだけ動かないように固定します。
この時、左肩と繋がる左の肘、左手首、指の関節、そして左の肩甲骨から体幹を介して繋がる股関節から下半身のラインをできるだけ働かさないような指示が脳からでています。
固定の期間は怪我の程度によって人それぞれですが、ある程度の期間が経てば固定から解放されて、今度は少しずつ動かしていかなければなりません。
これまで大きく動かすことでまた脱臼するかもという不安と、実際に動かせば痛みを伴うので動かしたくないという気持ちが、あまり動かそうとはしていません。
身体の状態を把握している脳からの指示で患部のラインはほぼスイッチオフ状態になっていますから、まずはその不安と痛みが解消できるようにリハビリをして頑張らなければいけません。
そこまではいいのです。医学理学療法の中でもされていることですから。
問題は、脳からの指示でスイッチオフ状態になっている、患部ライン上の体をどうするかということです。
これに関しては現在の医学でもわかっていないようで、実際にトップレベルのリハビリセンターに7年間通い続けてもよくならなかったのですから、医学の中でも分かっていない人間のカテゴリーがあるのは確かですね。
それが「ニューロアウェアネス理論」なのです。
高度なリハビリをしてもヒジが曲がらなかったのは、脳からの指示がずっと残っているからです。肘を曲げることで脱臼した肩に負担をかけて、肩の改善が遅くなるのを防ぐために、もうかれこれ十数年前に出された脳からのあの指示です。その脳からの神経伝達事項が継続中だということにまず気づかないと、カラダに逆らうようなことをしているだけですから、無理やり曲げようとするしかなく、結果的に曲がることはないのです。
曲がらないのではなく、曲げていない
彼のヒジが曲がらなかったのは、彼自身の脳が十数年前に指示した「曲げない」という神経伝達事項が継続中だったからです。肩の脱臼の改善を優先させるために、その肩の動きに関係するラインを事実上オフにした脳の指示が残っているのです。肩の状態は改善し、肩の動きとしては時間とともに問題なくなっているのですが、そのライン上のヒジの動きのオフを解消しきれていなかったようです。
オフでもそれなりに意識して力をいれれば動かすことはできます。しかし、動きが悪かったり、動かさないで!というお知らせがあったり。
それが機能障害や痛みという後遺症です。
改善されているのに改善されないという状態は、意識のバランスの変化に気づいていないからです。
自分自身の「改善したい」という意識と、「動かさない」と「動かしたい」という意識のバランスです。
当然怪我などの初期の状態では「改善したい」を優先しますから「動かしたい」と思うこともなく自然に「動かさない」と思います。
しかし、症状が改善してくるとそれで満足してしまい、「動かさない」のか「動かしたい」のかどうでもよくなってしまっています。しかし、彼の神経伝達事項は「曲げない」つまり「動かさない」のままになっています。
ある程度症状が回復すると、意識的に力を入れて少し無理をして動かすことで、そのライン上の部分の動きも、ある程度の動きは回復します。
しかし、神経伝達事項が「動かさない」で継続中ならば、スッキリと動かすことはできないし、無理に動かせばやはり痛みを伴います。
そんな場合も、怪我をしたのだから仕方ないと、それなりの動きで納得してしまっているといのが現状だと思います。
曲がらないのは、実は曲げていないのです。
ヒジを曲げたいという自分自身のいまの意識と、自覚のないもともと継続中の脳からの指示と、どちらを自分の中で優先しているのかということです。
継続中の指示を優先した場合、曲げようと思ったヒジは曲がりません。
無意識の自分自身が、どこかでストップをかけているのです。
そうです、曲げていないから、曲がらないのです。
15年近く曲がらなかった肘が、わずか15分で曲がった
「ヒジを曲げる努力、というか、曲げようという意識はありますか?」
「んー、曲げたいですよ。曲がればいいなとは思っていますけど、もう10年以上も曲がってないわけですから、あきらめているというのが本音です。」
「そう思っちゃいますよね。でも、曲がりますよ、そのヒジ。」
「えっ?けっこう有名なドクターとかトレーナーでも無理だったんですよ。」
「そりゃ、どれだけ有名な名医であろうと、カリスマトレーナーであろうと、誰がやったって無理ですよ。そのヒジを曲げるのはあなた自身なわけですから。」
左のヒジのライン上の部位、たとえば指から腕、首、また背中と、それぞれの筋肉の稼働力をチェックし、必要な部分を刺激する。
この間、約10分
「はい、一度確かめてみてください。左の手で左肩触ってみて。」
「うわっ!!」
左手の指と左肩の距離が、最初20センチほどあったのですが、一気に5センチに縮まりました。
「なんですかこれ!!!」
「もうちょっとで指が肩につきそうですね。」
さらに首や肩甲骨あたりを刺激。
「はい、やってみて。」
「あー、つきます。ついています、ほら。」
十数年ぶりに左の肘が曲がった瞬間でした。
いくら本人が曲げたいと強く思っていても、脳からの神経伝達事項が継続していたり、解消されていなければ、自覚がなくてもそちらのほうが優先されることがあるようです。
曲げたい!と思う自分と、曲げない!と思う自分。
この両者がひとつのカラダの中で対立しているのです。
意識の意思が強ければ、多少痛みを伴っても曲げてしまうのかもしれません。
また曲げないというお知らせを痛みとして感じて、曲げようとしなくなる場合もあるでしょう。曲げないという無意識の自分が強ければ、早い段階であきらめて曲げようともしていないでしょう。
そんな、医学では扱われない、自分自身の意識との駆け引きが、結果的に自分自身の生活を豊かにしてくれます。
曲がらなかった肘が曲がります。あきらめていた症状が改善します。
そして、原因不明の痛みが解消します。