痛みにはいろいろな種類がありますが、必ずしも本人が望んでいない痛みばかりではありません。痛いけど、本人が痛みを必要としている場合があるのです。このページではどこで診てもらっても改善されなかった原因不明の痛みについてご紹介します。
Episode 1
1)原因不明の歯の激痛!
ある歯科医院からのご紹介で来られた50代の女性のお話しです。
右下の奥歯にときどき強烈な痛みがあり、痛み出すと何もできなくなるのだそうです。当然、歯科的な検査は済ませており、見た目も、レントゲンでもとくに異常は見当たらないといわれたようです。
再度一通りの検査をさせていただきましたが、やはり異常は見つかりません。
常温のお水でも歯にしみて痛みがでるようで、彼女はペットボトル持参で来られて、目の前でそのお水を口に含むやいなや顔をおさえてしばらく動かなくなりました。かなり痛みがあるようです。
歯の痛み以外の身体の痛みや症状を伺いましたが、ほかは特に感じていないということでした。
わかりましたということで、まずは体のゆがみ、バランスをチェックさせていただき、当然のように頑張りすぎている筋肉や、稼働していない筋肉が見つかり、バランスの乱れは否定できない状態です。
筋肉の張った肩を押さえるとやはり痛みがあり、こまかく聞いていくと頭から背中にかけての重だるさがあるようですが、これはもう仕方がないとあきらめていたようです。
かなり我慢強い人なのだなと感じました。
これは体のゆがみが原因の症状にまちがいはありませんから、ひととおりのバランスを整えることで、頭が軽くなり、背中の重だるさもその場で解消したようです。本人の表情も目に見えて明るくなり、信じられない顔をしていました。
しかし、肝心なのは歯の痛みです。
彼女はまた恐る恐るペットボトル水を口に含みました。
不思議そうな顔をしていますが、先ほどの激痛はないようです。
「大丈夫みたいですね。良かったです。体のゆがみが右の奥歯に負担をかけていただけですから、また痛みが出てもバランスを整えることを続けると、そのうち痛みは完全になくなりますよ。」
そう言って終わろうとしたのですが、なぜか彼女の表情がさえません。
「ちょっと、待って。」
そう言って、またペットボトルの水を口に含みました。
今度は最初と同じように、顔をおさえてしばらく下を向いたまま動かなくなりました。
2)痛いときだけかまってもらえる
数十秒後、顔を上げて苦笑い。「ほらね。」と言いたそうでした。
頭から背中にかけての重だるさも復活しているようです。
仕方なくもう一度、バランスを整えてみました。
バランスが整うと重だるさは解消しますが、歯の痛みはなぜかとれなくなりました。うずくまっちゃうのです。その行動と時間を見ていると、あきらかに痛みがひどくなったと訴えているように感じ取れます。
「 ? …。 」
何かあるはずです。
お話し出来る範囲で、仕事のこと、家族のこと、気になること、いろいろお聞きすることにしました。
彼女はもと高校の教師で、ご主人はなんと自分の教え子で、ひとまわり以上も歳下だということです。周囲の反対を押し切って結婚、ご主人の実家で同居中ですが、ご両親ともいまだにあまりいい関係は築けていないようで、家の中に居場所がないということでした。ご主人も自分の両親には遠慮がちで、なかなか夫婦二人の時間をもてないのだそうです。
ただ時々、歯の痛みが出てしばらくうずくまって動けないでいるときだけ、ご主人が背中を優しくさすってくれてそばにいてくれるのだそうです。
そんな話をしていると、彼女の表情は次第に穏やかな表情に変わっていました。
「その歯の痛み、なくなってしまってもいいのですか?」
そう尋ねると、彼女は少し声を出して笑い出しました。
「そっか、そういうことですね。そういうことだったんですね。」
彼女にとって、この歯の痛みは、ご主人の優しさを感じることのできるわずかの時間のためには必要な痛みだったのです。
彼女もそれになんとなくは気づいていたのでしょう。体のバランスが整って、痛みがなくなった時、嬉しいどころか逆に何かわからない不安を感じたのだと思います。
あわてて、痛みを復活させて、落ち着いた…。
おかしな話ですが、これが人間です。
Episode 2
1)歯の痛みで頭がおかしくなりそう
50歳代半ばの女性。左右の顎や歯、頭から首、肩、背中、腰、足、全身に痛みがあるという自称、更年期障害の方です。
とにかく歯の痛みだけでもなんとかして欲しいということで、他院からの紹介で来院されました。
とくにどの歯がいたいという感じではなく、全体が痛いということでした。
後になって何度か診させていただいた結果では、毎回痛みのある歯が変わります。
体のバランスに伴って、右で食いしばったり、左で食いしばったりしているのだと考えられます。
背中の筋肉はゆるゆる、足も両足ともゆるゆるです。この身体を支えるには、かなりの力が必要だろうなという感じです。
筋肉の稼働力やバランスをチェックしても、ふにゃふにゃバラバラです。部分的に多少頑張っているところがあると思えば、そこにはやはり痛みがあります。
そして、毎回バランスを整えると、その時はたいへん喜んでもらえるようですが、ほんとその時だけ。自分で良くしようとか、ほんとに良くなりたいとか、そんな意識は感じられません。
この人、とにかく痛みを訴えます。身体のどこかに必ず痛みがあります。
実はこの人、ご主人が透析治療中であり、生活保護の受給家庭なのです。
たいへん良く知る友人歯科医師からの紹介ということもあり、自費診療のバランス調整費用を払っていただくわけにもいかず、毎回無料でバランスを整えてあげていたのです。
2)痛みがないと働かなければいけない
毎回、同じことの繰り返しなのです。
「痛い!」と言ってやってきて、バランス調整をすれば楽になり、自分でバランスを整える方法もある程度教えて、話をとことん聞く。
ご主人のこと、娘さんのこと、そして自分のこと、そのほか不満ばかりが聞こえてきます。
これ、バランス整える意味があるのかな?そう思いました。
善意で良かれとした、「無料」といのもこの人がよくなろうとしなかった一因だと反省もしました。
いろいろと話を聞いていく中でわかってきたことがあります。
それは、ご主人は取り立てて、介護や付き添いが必要なわけではないということ。奥さん、つまりこの人も以前は働いていたようで、現在も働きに行く気さえあれば働きにいける環境ではあるということ。
以前のように働きに出れば、それなりの収入によって生活保護も受けなくて済むようになるということ。
しかし、身体に痛みがあるために働きにいけないということでした。
その上で話を聞くと、あとは言い訳ばかり。
ようするに働く気が全くないということはわかりました。
そこで私はある提案をしました。
それは、次回からこのバランス調整を有料にするという提案でした。
ただし、あと一回来てもらえれば、確実に痛みをとって働きに行けるようにしますからね、と約束をしました。
有料といっても特別に数千円です。
他院でうつ治療ということで、プラセンタの注射を月に数度自費で受けていることも聞いていました。全く改善していませんが。
痛みがとれて、働くこともできるようになるための数千円は決して高くはないと思います。
しかし、結果的にこの人は二度と来ませんでした。
まあ、こうなることはわかっていました。
予想通り。
ずっと感じていたことは、とにかくこの人は痛みが必要なんだなといつも感じていました。痛みがなくなれば、働きに行かなければならなくなり、場合によっては生活保護の受給もできなくなる可能性があるのですから。
Episode 3
1)歯の治療を失敗された?
歯科医院を転々とされている60歳代後半の女性です。
右の前歯が痛い。噛まなくても、触らなくてもとにかく痛い。
話を聞くと、どこどこ医院の○○医師が最初にこの歯の治療を失敗して、その次に行った、そこそこ医院の○○○医師が削りすぎて、そして最終的には、なになに医院の○○○○医師に治療を受けたが、そのときの乱暴な治療でよけいに痛みが増したと言うと、頭がおかしいと言われ、それに腹が立ってしょうがないというのです。
痛みのある歯を検査しても、現状特に異常はないようです。
結局は、最初に受けた治療が納得いかないというのがすべて。
その苦情を当事者である歯科医師には言えずに、他院を転々として他の先生にぶちまけるものの、聞いてくれなかったようです。
聞いてくれない歯科医師の治療は、この人にとってはすべて失敗を重ねられたように感じてしまうようです。
こうなると、最初の先生が治療の失敗を認めれば、痛みはなくなるのでしょうか?しかし、この人、最初の先生のところには行かずに、次に行った先生のところで苦情を訴えているのです。つまり、最初の先生にとってはこの人が治療に不満を持っているというようなこと知らないのですよね。
2)痛みを出さなきゃ被害者になれない
最初の○○先生、治療は不完全ではあったかもしれませんが、失敗ということはなかったと思います。そのあとを引き継がなければならなくなった先生たちも、特に治療を失敗したということはありません。実際に歯が折れているとか、ヒビが入っているとか、そんなことはありませんから、とにかくこの人にとっては痛みが必要であったのです。
痛みがなくなれば、これまでの先生たちの治療を認めることになり、自分自身が被害者ではなくなってしまいます。
これまで自分を苦しめた歯科医師たちを悪者にするためには、自分自身が痛みに苦しむ必要があるのです。
そして、話を聞かずに治療を始めてしまうと、私自身もまた悪党の一人に加えられるだけです。
しかし、そうはいきません。
痛みの原因もわかっています。
痛みを取って欲しくて来られているのですが、痛みがなくなるまで治療はしません。とにかくとことんお話を聞かせていただくのです。
そして、そのうえでこれまで、この人の身体に一体何が起こっていたのかを説明させていただきました。
「あなたの歯の痛みが消えないのは、体のバランスの乱れが原因です。そもそもその痛みのある歯の治療を始めたとき、やはりバランスが悪かったと考えられます。バランスが悪い時には誰もが何に対しても敏感になります。少しの刺激が痛みのきっかけになります。誰が何をしても、痛みが出ていたということです。」
そう簡単に説明して、体のバランスチェックをしました。
予想通り、バランスはかなり乱れていました。
自覚はなくても、バランスの乱れのある時には、自律神経が必死になって身体のバランスをとってくれているのですから、できれば誰にも触れて欲しくはない、近づいてほしくもない、という感じなのです。
そのような状態での歯科治療をはじめとする身体への刺激は、さらにバランスの乱れを悪化させてしまう可能性があります。
この人の痛みは、そのような理由で普通の痛みではなくなってしまったのです。
バランスの乱れを悪化させてしまうと、少しの刺激でも刺激以上のとんでもない症状や痛みとなって現れますから、「一体何をしたの!?」と必要以上に治療に対しての不安を抱かれて、その治療はうまくいっているはずがないと決めつけてしまうようです。
そうなると、患者ではなく、被害者という意識になってしまいます。
3)今からその歯医者にいきましょう!
被害者には、被害が必要です。歯の神経の治療をしているだけで、見た目ではそれほどの被害を訴えることはできませんから、痛みで訴える以外ありません。「痛み」という被害なわけです。
この痛み、世界一腕のいい歯科医師が治療しても治りません。歯が原因ではありませんから。
痛みの原因を一通り説明したところで、すんなり納得するはずもありません。
「よし、わかりました。それほど痛いのならその最初に治療をした歯医者の先生のところに、いったい何をしたのか電話で聞くことにしましょうか!」
と、心にもない提案をしてみました。
すると、
「何度も電話をして痛みがあることを説明したのですが、もともと神経のない歯を少し削っただけなので、そんなに痛みが出るはずがない。心配ならば来てください。」
と言われるだけで…。
「それなら行けばいいのではないですか?」
「こんなに痛いので何をされたのかわからないから怖いのと、思い出すと腹が立ってよけいに痛くなるのです。」
こうなると最後の手段です。
「わかりました。それなら電話やなくて、そこに行きましょうか!そこの先生にちゃんと説明してもらいましょう!そのうえで文句言ってやりましょう!でも、その説明が正しくて治療も適切であれば、その時は治療が原因の痛みではありませんから、その先生のことは忘れて、身体のバランスを整えることに集中してくださいよ!わかりましたか?」
さらに全く心にもないことを、今にもそこに連れていきそうな勢いで、少々声を荒げました。
「いえ、私はそこまで…、私、なんかバランスのような気がしてきました。頭や首も痛いので…。」
ということで、バランスの乱れを整えると、この当日で痛みは半減。
このあと日をあらためて2回ほど来ていただいて触ると痛い程度に改善。
それまで歯には全く触っていませんでしたが、そこから治療をし始めて数回の治療で痛みは消失。
完全になくなりました。
少し荒っぽいところもありましたが、この人のためなのでお許しを…。